「原発都民投票条例案」に反対した石原都知事の雀の涙ほどの分別

2012年6月6日 19時40分 | カテゴリー: まちづくり

都議会所信表明から

 本日開会した第二回都議会の所信表明の中で、石原都知事は原発都民投票条例に対し、反対意見を述べました。 

 尖閣諸島購入については、「弱腰な態度に終始し不作為を決め込む国に代わり、東京が行動を起こす」としながらも、実際、国民の命や生活を脅かす原発稼働についてはあくまでも「国の責任」と。さらに「センチメントではなく、理性的な討議の下」での政治責任が必要とし、「冷静に判断すべき」。「観念的に原発の是非のみを問い、その結果が錦の御旗が如く力を持つならば、国を滅ぼす危険なことにもなりかねない」と。何と、議員・都民を馬鹿にした言い草でしょうか?

 日頃「東京から日本を変える」と豪語しているならば、その「理性的な討議」を、これまで決定に参画していなかった電力消費者の立場からも、日本の首都、東京の議会でこそ率先してやっていこう、となぜ思わない? それとも、今の都議会では「理性的な討議」「冷静な判断」はできない、とでも?
 
 条例案に付けられた石原都知事の意見書からは、大いなる不安を感じている生活者・消費者の危機意識が全く感じられません。反対理由のひとつを「立地地域やその住民の多岐にわたる問題を考慮すべき」としていますが、だからこそ、投票に至るまでの情報公開と徹底した討議により、これまで伏せられていた部分も含め、そうした問題も合わせて事実を共有し、これまでどおり関係者だけで決定するのではなく、真の民主主義のもとで、将来を決めて行こうというのではありませんか? 

 原発事故により、日本は、特に福島はこれほどの惨禍を受けたのです。これからも受け続けるでしょう。その福島の諸問題を考えずして、投票などできますか? 原発立地自治体住民の犠牲のもとに恩恵を受けてきた、原発電源消費自治体の東京都民として、これまでの姿勢・立場を振り返り、真摯にこの問題に向き合うために行おうという都民投票が、「国を滅ぼす危険がある」とは。現状維持こそ、国を滅ぼす危険があるというものです。

 「市長が脱原発を宣言しているのだから、もはや住民投票は必要ない」と言って大阪市民投票条例案に反対した橋下大阪市長が、舌の根もかわかぬうちに再稼働を受け入れました。やっぱり、大事なことはみんなで決めないと。

 石原都知事の所信表明の元原稿には「本条例案には絶対に反対であります」とあったものの、本番原稿には「絶対に」に二重線が引かれ、その部分は読み上げず。雀の涙ほどの分別はある?