「スーパー堤防考慮」を認める~スーパー堤防取消訴訟第5回口頭弁論報告

 28日(月)、第5回の口頭弁論が開かれました。月末の月曜とあって、傍聴者の参集が心配されましたが、それでも73人の方々が寒空の中、傍聴に駆け付け、傍聴席はほぼ埋め尽くされました。 

 当日は、被告・江戸川区が原告の主張に対し、反論をする順番でしたが、今回も口頭で主張することはせず、1月初旬に区から出された準備書面(2)の内容を原告代理人が確認する形で進められました。区としては、書面をもって弁論に代える、ということでしょうが、「口頭弁論」の何たるかをいまだご存じないよう。 

   憲法82条は、訴訟の審理について、「対審」を公開の法廷で行うこととしており、この「対審」が,民事訴訟では「口頭弁論」、刑事訴訟では「公判」と呼ばれます。これにより憲法32条に規定する「裁判を受ける権利」が実現されるのです。「口頭弁論」とは、双方の当事者または訴訟代理人が公開法廷における裁判官の面前で、争いのある訴訟物に対して意見や主張を述べ合って攻撃防御の弁論活動をする訴訟行為をいいます。書面に代えては、傍聴者には争点もわからず、公開で行う意味も著しくそがれます。法廷にいながら、イヤホンの二重音声による解説が必要になるというものです。  

  さて、その書面も、原告が当初から問うている「スーパー堤防事業の必要性・有効性」については「それは都市計画決定の要素ではない」として認否を避けています。そこで、原告代理人は、これまで江戸川区が本件事業を区民に納得させるために行ってきた説明や資料などに照らし、スーパー堤防の必要性を論じない矛盾、そして、書面に記載された「(本事業にあたり)住民の生命・身体・財産への危険を考慮しなくていい」との趣旨における行政判断の誤り、この2点について追求しました。 

 まず、1点目について、被告は「スーパー堤防事業と区画整理事業は法律上は別」とする従来の説明を繰り返し、「議論は必要ない。争わないということではない」とあやふやな陳述。中立のはずの裁判長も「そういう考えもできる」「予備的な土俵での主張はしない。連携性はない」などと応戦。あろうことか「連携性がないのは、北海道と九州の都市計画に連携性がないのと同じ」と、不適切な例まで上げ、のちに「たとえが悪かった」と述べるひと幕もありました。

 これに対し、原告代理人は「法律上ではなく事実がそうなっているかを認めるかどうかだ。区は、費用負担が軽減される事情については考慮している。必要だから考慮したのでは? 事実の認否を」と切り返し、ようやく「都市計画決定では、スーパー堤防を考慮していることは事実」との陳述を引き出しました。区もいよいよ、全く関係ない、とは言えなくなったということでしょうか。 

 また、2点目は、区が書面に「(本事業が)『対象区域の住民らの生命、身体又は財産に危険をおよぼすおそれがない』ものでなければならないという要件を、都市計画決定における直接の法規範として導くことはできない」と明記している点をついたものです。これについては裁判長も「一般的な規範としては、行政は考慮しなくてはならない」と。

  さすがにこれを否定することはできなかったのでしょうが、この定塚誠裁判長、原告側が投げかける質問に対し、区になりかわって答える場面が多く、被告側は「今、裁判長がおっしゃったとおりです」を繰り返すというあきれた光景に、傍聴者は司法への不信を募らせました。以前にも増して、裁判長の仕切りの悪さが目立ち、裁判のあり方そのものも大いに問題です。 

  裁判の後、場所を参議院議員会館に移して報告集会がありましたが、参加者からは「忌避」についての意見が出ました。「忌避」とは、「不公平な裁判が行われるおそれがある時、訴訟当事者がその裁判官の裁判を断ること」ですが、制度上あるものの、まず認められることはありません。裁判官は、最高裁判所の指名名簿により任命されますが、その最高裁の長官の指名は内閣が行い、長以外の裁判官は内閣が任命します。裁判官人事において内閣の影響力は絶大で、結果、行政訴訟では特にこうした傾向に陥ってしまうのだろうか・・と思わずにいられません。

 第6回の口頭弁論期日は、4月17日(水)午前11時開廷。不誠実な姿勢が問われる行政と、中立性を欠く司法の実態、ぜひ大勢で監視することが必要です。どうぞ傍聴にお出かけ下さい。