居住地でのスーパー堤防化 する自治体・しない自治体~12日、取消訴訟判決

2013年12月10日 16時23分 | カテゴリー: スーパー堤防

 四半世紀で1.1%しか進捗していない、そのこと自体が自ずと不要性を物語ってしまっているスーパー堤防事業の中で、土地区画整理事業と一体ですでに実施されたのは、対象6河川合わせて12地区。内訳は、利根川の矢口(1)、江戸川の座王・堤台・妙典(3)、荒川の平井7丁目小台1丁目(2)、多摩川の東町大丸第一矢野口(3)、淀川の伊加賀西・江川(2)、大和川の長吉瓜破(1)です。 

 これらのうち、初めから住居や企業などが存在し、一斉にそれらを取り壊した上で盛り土し、それが完成したのちに換地処分がなされ、権利者が住居を再築したのは、荒川の平井7丁目のみ。そして現在除却がすすんでいる北小岩一丁目東部が二番目。この2つだけ。いずれも江戸川区施行です。 

 では、その他はどういう土地区画整理事業なのか。

  それは従前地が、水田やため池だったり、公営集合住宅の建て替えに合わせていたり、企業の倉庫地だったり。そこに誰も住んでいない土地をスーパー堤防化して、区画整理を行っているのです。

 市川市の妙典地区もやはり従前地は蓮田や水田などでしたが、一部居住地がありました。ここでの事業は市川市施行ではなく、権利者らでつくる土地区画整理組合の施行。当初は、そもそもスーパー堤防化は想定されていませんでした。江戸川区のように1ha程度の狭小な土地ではなく16ha、関連事業を入れれば面積は50haほど。大街区をとり、商業ゾーンや住宅ゾーンなどのゾーニングがなされ、換地についても「照応の原則」に基く「原位置換地」ではなく、権利者からの「申し出換地(希望換地)」制を取り入れました。スーパー堤防については、国交省は「完成」としていましたが、地下鉄の車両基地部分が盛り土されていないため、会計検査院からは「未完成」と指摘されてもいます。

 以前から区画整理事業に積極的に取り組んできた江戸川区でも、昭和の時代までは組合施行が主流でしたが、平成に入ってからは区の施行に。未開拓の地で、まさにまちづくりをしようとした時代はこうした手法が成り立ったものの、すでに暮らしが営まれている地域では調整が困難で、行政が主導しなければ成立のめどが立たないということでしょう。 

 つまり、これまでスーパー堤防と一体の区画整理を行ってきた自治体では、あえて、住民が暮らしを営んでいるエリアを選ぶことをしていません。なぜか。それは、住民の生活権、財産権を侵し、主役であるはずの住民に塗炭の苦しみを押し付けかねないから。スーパー堤防の盛り土と一体となれば、お伝えしている通り、自治体は、今住んでいる住宅を壊して明け渡しなさい、と求めなければならず、その推進にはさらに困難を極めるからでしょう。住民にとって最も身近な自治体がそこに踏み込むことに大いなる躊躇があるからでしょう。 国が一方的につくり、住民及び自治体側に過度な負担を強いる事業であり、しかも有効性が崩れた今、それを覆い隠すかのようにふんだんに用意される国費に目がくらまない限り、積極的になれるはずもありません。

 公共事業改革市民会議が江戸川区のこうした姿勢を特に問題視し、再質問書を提出したことはすでにお伝えしましたが、その回答が同会議のHPで公開されています。再度の回答ですが、依然、肝心のポイントについては核心に触れていません。 

「現補償は十分な生活再建補償になっているか」については、「丁寧な対応をしている」のみで、十分かどうかには言及せず。新たなまちに戻ることが基本の区画整理事業を踏まえた質問、「先行した平井7丁目で、戻った方の割合」については、「25.6%が事業に伴い土地を去ったことは認めるが、最終55%となったことについては区の責任範囲ではない」との回答。土地区画整理事業の施行者の姿勢が問われます。

 実質、スーパー堤防事業の取消を求める全国で初めての裁判(被告江戸川区)の判決は12日(木)午後1時30分、東京地方裁判所103号大法廷にて言い渡されます。そこで生まれ、暮らし、行政に屈することなく貫いてきた住民の勇気ある訴え、届いてほしいものです。