「信頼」のカギは情報公開と説明責任

2014年5月14日 19時30分 | カテゴリー: 情報

 2009年版OECDの報告書によると、日本は政府を信用していない国であることが一目瞭然です。国への信頼度とリーダーに対する承認度を示すグラフ(下図をクリック)では、日本は両方とも20%台であり、OECD諸国の中で非常に低い状況にあります。日本のデータは2008年時のものですので、麻生政権時代。しかし、この傾向は、民主党政権時でも現在の安倍政権でも差異はないようです。

 5月8日、OECDが2014年版の報告書を出しました。加盟国平均は39%。旅客船沈没事故の対応などで批判にさらされる韓国が、これまでより信頼度を下げ、23%だったことが韓国内で報じられていますが(調査は事故前に行われたため、「安全」度では韓国は6位)、さらにその下に位置するのが、経済危機のギリシャやスペイン、そして日本だということです。  

 日本では、従前と大差ないため、報道もされないのでしょうが、3月、生活者ネットワークが行った「特定秘密保護法~知る権利」についての学習会でお話しいただいた、NPO法人情報公開クリアリングハウス理事長の三木由希子さんによれば、「政府の信頼度が低い背景には、情報公開や説明責任が不十分なことがある」とのこと。 

  2001年4月、「情報公開法」が施行され、政府の保有する情報に対する市民の権利が創設されましたが、言い換えれば、10年ほど前までは、市民は政府に情報公開を求める具体的権利がなかったということでもあります。  

 また、公文書が一体誰のものかは、「公文書管理法」が2011年に施行されるまではっきりしませんでした。「情報公開法」のもとでも、政府が説明をするための手段としてしか位置づいていなかった公文書が、「国民共有の知的資源」と明記され、政府の独占物ではなくみんなのもの、とされたのもわずか3年前のことです。  

 「情報公開法」により、国の機関に対して開示請求された件数は、2012年度10万件。これに対し、11年度末で行政文書ファイル保有数は1460万件以上といいます。請求すれば出てくるものもあるでしょうが、国民が使えるようになっていない情報が数多くあり、公開が及んでいる範囲はまだまだ限定的です。  

 さて、大多数の国民から信頼されていない政府の、そのリーダーが、大きな権力と国会内での数の力によって、原発再稼働や集団的自衛権容認の「最高の責任者は私」と言いつつ、国会外の大多数の国民の意思と異なる方向に進もうとしています。いびつな選挙制度によってできあがってしまった、少数者による多数者の支配。そもそも信頼していない政府が「責任を持って行う」と言っても、そこに不安を持つのは当然のこと。アカウンタビリティに欠ける政府の姿勢や、市民の声が届かないことなどにより、問題意識がうずまきます。  

 三木さんは、「信頼できない政府のもとに安全保障の責任を負わせ、その安全保障の名のもとに秘密を持ちたいという政府が信用できるかといえば、できない。正統性のある政府に最終的に責任を取ってもらわなければならないが、その政府が絶対的に正しいものとは限らない。少数者や権力の外側にいる人たちの参加を保障し、権力を持つ人とは異なる人の意見を尊重し、理解した上ですすめることが本来必要」と、指摘されました。