憲法改正、そもそもの誤り⑤希薄化する個人の尊重

2016年3月2日 23時07分 | カテゴリー: 平和

【12条 自由及び権利の保持義務と公共福祉性】

≪憲法≫
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。また、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

<草案>
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。

解説:国民には人権は保障するが、今までよりもきつい縛りを人権にかけ、制限を重ねている。今までのようには人権が保障されないということであり、特に後段は説教じみた人権制限になっている。

【13条 個人の尊重と公共の福祉】

≪憲法≫
すべて国民は、個人として尊重される。・・

<草案>
全て国民は、人として尊重される。・・

解説:「個人」ではなく、「人」と言葉が変えられ、個がなくなった。人とは生物の名前であり、生物としての人は尊重するが、一人ひとりの自由、人生、利益、財産まで保障するとは言わない。自民党の憲法草案Q&Aにも、なぜ、ここを変えたかについては触れていない。明らかに個人主義原理の希薄化である。ただし、次回紹介する憲法24条には「個人の尊厳」という文言が残ったままとなっている。

*解説は、昨年10月27日(火)、東京・生活者ネットワーク「国政フォーラム」での神奈川大学・金子匡良准教授の講演から。