東日本大震災の教訓を活かす

 北小岩1丁目で昨年末の26日午前、火災が発生。89歳の男性が逃げ遅れ、亡くなりました。全焼2棟を含め、8棟140㎡が延焼する被害となった当地はスーパー堤防計画地。亡くなった男性は取消訴訟の原告でもありました。助かったご高齢の奥様はその日、同地区内の区事務所に避難していましたが、このような状況になった隣人に対し、地元町会代表がお見舞いに訪れることはなかったといいます。この狭い地での、賛否が分かれる本事業計画により、住民のあつれきはここまでになってしまっています。長年住み慣れたまちの姿が買収によって空虚に変貌していくのと同様に、人と人とのつながりもすっかり壊されてしまっていると言えるのではないでしょうか。

 江戸川区は、道路が狭小なため、緊急消防活動に支障があることも理由のひとつとし、スーパー堤防と一体の区画整理をすすめてきています。しかし、住民が、支障がないことを地元消防署に確認していたとおり、今回、そのような事態は生じず、35台の消防車が消火活動を行いました。とても風の強い日でしたが、当地は周辺地より低い窪地状となっており、強風の影響をもろに受けることがなく、「盛土の高台になっていればもっと被害が広がったのでは」との声も聞かれました。

   出火元でもあり、被災者ともなったご夫婦は、高齢ゆえに、公営住宅などへの転居も促されていたようですが、かくしゃくとされ、長年暮らしている当地での自活を貫いていたといいます。

  すでに成熟した都市社会において、さらに将来にわたる安心のまちづくりを考えた時、そこに必要なのは、もはやハード面の事業によって屋上屋を重ねるのではなく、高齢であっても障害があっても住み慣れた地で暮らし続けられる、福祉を優先する取り組みではないでしょうか?

  東日本大震災で私たちが得たいちばんの教訓も、世界一の防波堤や高い堤防の存在を安心安全の拠りどころにするのではなく、ひとりひとりが地域や暮らしの中で防災の意識を高め、まずは命を守ることを第一に、適切な判断で避難することだったはずです。そのためにも地域コミュニティの存在は不可欠です。 

 防災・減災を理由に旧来型の公共事業が強力に進められようとしていますが、肝に銘じるべきは、アメリカ都市工学の第一人者、ウィリアム・マーキュソン氏が「ゼロメートル世界都市サミット」で教えた次の言葉。「(その施設建設が)有効かどうか判断するのは、(人間ではなく)自然だ」ということです。