鬼怒川決壊に学ぶ・本当に安全な堤防とは③~堤防決壊への国の責任
「堤防決壊に国の責任はあるか?」これは、元建設省土木研究所次長 石崎勝義さんの研究テーマのひとつです。
かつての水害訴訟では住民側が勝訴していたといいますが、1984年の大東水害訴訟の最高裁判決では一転、「国に責任はない」とされました。以後、この判決が水害被害者を苦しめています。
大東水害訴訟とは、1972年(昭和47年)7月に大阪府大東市での大雨による洪水で、市内を流れる寝屋川が氾濫。床上浸水の被害を受けた住民が、寝屋川支流の谷田川(たんだがわ)の治水に瑕疵があったとして、国、大阪府、大東市を相手取り損害賠償を求めたものです。
これについて、最高裁は「改修計画が進んでいない河川については、その計画に不合理な点がなく、後に変更すべき特段の事情が発生しない限り、未改修の部分で水害が発生しても、河川管理者たる国には損害を賠償する責任はない」と判決したのです。
「大東判決は、オレが最高裁に頼みに行ったんだ」。石崎さんは、河川局幹部が語ったというエピソードを披露。同時に、「オーラルヒストリー 近藤徹 逆境からの模索」(公益社団法人日本河川協会)の「第2編水害訴訟から破堤回避策の模索」に触れ、1982年、河川管理責任研究会が、古くから洪水氾濫を繰り返してきた鶴見川の見学などを踏まえ、都市化による洪水の研究を行ったこと、また、水害について裁判官が勉強するきっかけが生まれ、1983年、民事事件担当裁判官協議会にて水害訴訟について議論されたことが紹介されました。
「河川は自然公物」「未改修河川では過渡的安全性で足りる」「河川改修には、財政的・時間的・技術的・社会的な諸制約がある」としたこの最高裁判決に対し、「水害には溢水型水害と破堤型水害がある。範囲を限定することが大事。この判決で堤防決壊は扱えるか」。石崎さんはそう疑問を投げかけています。
利根川水系における昭和以降の堤防決壊箇所を示された石崎さんは、「利根川本川を守るため、カスリーン台風以外、決壊はすべて支川で起きている」とし、「国は、決壊は起きても仕方がないという考え。決壊をなくすとは言わない。それは裁判で負けないため」と、国の姿勢を批判しました。
「ニッポンの裁判」(瀬木比呂志著・講談社現代新書)では「大東判決はつまづきの石」とされています。
「つまづきの石」はスーパー堤防裁判でも。