「事業」ではなく「請求」を否定しきれるか~江戸川区スーパー堤防差止等訴訟控訴審不当判決③
7月16日の裁判報告集会では、判決を傍聴された旧建設省土木研究所元次長の石崎勝義さん から、専門家ならではの興味深いご指摘がありました。
「裁判所というところは『河川』については意見を言えない場のようだ」とまずチクリ。「しかし、希望もある」と、以下のとおり言及されました。
・地球温暖化も持ち出し、「堤防の決壊を否定できない」としたことは、今の堤防が危険であることを国が認めていることであり、裁判所もそれを当たり前に認めたということ。
・スーパー堤防とは別の耐越水工法について、「スーパー堤防と効果が同様とは認められない」としたことは、その存在を否定していないということ。ならば、もう少しの努力で越水に耐えられる工法にできるのであり、スーパー堤防はやる必要がない。
・沈下の問題からは、鬼怒川の破堤をみても、国交省は河川屋だけ問題にし、堤防構造については放置していた。心の中では、堤防は壊れてもしょうがない、と思っているのでは。
茨城県在住の石崎さんは、水戸地方裁判所で係争中の「鬼怒川水害訴訟」支援団体の共同代表も務められ、裁判を闘う方々とともに傍聴されました。
また、長崎地方裁判所で係争中の「石木ダム工事差し止め訴訟」を支援され、スーパー堤防訴訟も2011年の第一次訴訟から支援されている水源開発問題全国連絡会の遠藤保男さんは、本控訴審判決後、次のような感想を寄せられました。
「物事はすべて否定しきることはむずかしいことです。取消訴訟にあたる裁判所は、当該事業を否定しきれるか、という視点ではなく、取消請求を否定しきれるか、という視点に立てばよいのに、と私はつくづく感じています。取消請求だけでなく、行政訴訟すべてにおいて、請求を否定しきれるか、という視点に立って判決を下すのが本筋と思えてなりません。」
まったく同感です。
判決文には「水没しやすい低地と比較すれば高台がより安全であることは明らか」とも。明確に判示すべき重要な争点はそっちのけで、こんなことで裁判所に「明らか」と言われてもね、というかんじ。問題は「高台」ではなく「堤防」。やはり、「河川」のことは・・・ということ?
21日(水)、小池都知事、石井国交大臣は、海抜ゼロメートル地帯の防災対策の「好例」として、斉藤江戸川区長同席のもと、大島・小松川公園を視察されました。効果のほども不明、まして、当時の国交省担当者が「非技術的河川事業」と反省の弁を述べている事業でもあります。知事、大臣、区長にはくれぐれも都民、国民、区民の声や多様な関係者の意見に耳を傾け、ご賢察なさいますよう。もちろん司法も。