スーパー堤防は治水計画の柱にはなりえない~大熊孝新潟大学名誉教授「洪水と水害をとらえなおす」より
昨年5月出版された、新潟大学名誉教授・大熊孝さんの近著「洪水と水害をとらえなおす」(農文協プロダクション)を、年の初めに改めて読みました。
今日頻発する大災害の多くが豪雨によるものであり、結果、多くの人命が失われていることについては「災害に遭いやすいところに人が無防備に活動域を広げてきた」ことを指摘。とりわけ、寝たきりの高齢者が溺死する現実を憂慮されてきました。
そして、「洪水」と「水害」の違いについて、「一般的には、『洪水』は川から水があふれ『水害』になると理解されている」が、「『洪水』は川の流量が平常時より増水する自然現象であり、川が溢れたとしてもそこに人の営みがなければ『水害』とはいわない。『水害』は人の営みにともなう社会現象」であると。
そのうえで「水害をできるかぎり軽減させることや人と自然の共生を目的に長年市民とともに実践活動を行ってきたが、それがなされていない」。
人々の生活と地域の自然が深く関わる中で生まれた「民衆の自然観」が、近代化の中で国家運営のために表層だけ輸入された近代科学技術により、自然を支配しようとする「国家の自然観」へと変貌したことに原因があると指摘され、中央集権的な「国家の自然観」の必要性への理解を示しつつ、これに「民衆の自然観」をもう一度埋め込み撚り直す必要性を説かれています。また、都市においては、都市成立の過程や自然との関係性の中で、「都市の自然観」をつくっていけばいいのだと。
河川工学者、土木技術者として、生活者の存在を常に念頭に、川の現場での緻密な調査を継続され、あるべき治水の要諦を探求されてきた大熊孝さんの集大成とされる本書では、第6章で「もうこれ以上ダムをつくることは放棄すべき」とし、「治水問題の解決は越流しても破堤しにくい堤防にある」と、揺るぎない方法論を具体に説かれています。
そして、その中で「スーパー堤防」に言及され、「30倍の幅があれば日本の川の洪水継続時間程度であれば、破堤することはないであろう」としつつ、「今後の治水計画の柱にはなりえない」と結論づけられています。その理由として「大量の土砂が必要になること」「人家密集地の場合、立ち退き問題が発生すること」「建設に膨大な時間と資金を必要とすること」「2012年会計検査院報告では整備率1.1%であること」「地域住民と国交省の間で深刻な対立が生じ、裁判闘争にまで発展していること」を挙げられています。
「自然観」の背景にある最澄の教え「山川草木悉皆成仏」や、ご友人の哲学者・内山節さんのご著書やご講演の内容なども書かれており、また、予備知識として、初歩的であるけれど誤解していることの多い川の専門用語の解説も。執筆中の2019年10月、台風19号発生の際、八ツ場ダムの効果が喧伝されたことから、急遽項目を加え、その洪水調節効果についてのお考えを詳細に解説されてもいます。
治水に携わる方はもちろんのこと、老いも若きも、多くの市民の方々が、自然観の転換と川との共生について考えるきっかけにしていただきたいと思います。*本書は、昨年、第74回毎日出版文化賞(自然科学部門)を受賞されました。
不合理な「治水事業」に生活や環境を脅かされる各地の市民からの協力要請を受けてこられた大熊孝さんは、2013年9月、「スーパー堤防」の集会で江戸川区にも駆けつけてくださいました。こちらから。2015年7月には国交省ヒアリングにご一緒させていただいたことも。こちらから。スーパー堤防裁判では意見書も執筆されています。