築堤の順番を狂わす「架空」の「スライドダウン評価」~鬼怒川大水害訴訟控訴審①

9日(月)10時30分、東京高等裁判所101号法廷にて「鬼怒川大水害国家賠償請求事件」控訴審(中村也寸志裁判長)が開かれ、傍聴しました。法廷左右に住民側11名、国側13名が着席。水戸地裁での一審に比べ、国側の人数が格段に増えており、一審で賠償を命じられた国の緊張感の表れのように思われました。傍聴者はおよそ50名。

一審では「最も危険な箇所の堤防整備を後回しにした」との住民の主張に対し、国は「下流から優先的に築堤護岸工事を進めていた。国に法的責任はない」と反論していました。一審判決についてはこちらから。

原告団共同代表・片倉一美さんは、法廷に用意されたスクリーンに、自らの主張を裏付ける緻密なグラフや図、現場写真、国交省提出書面の数々を映し出し、丁寧でわかりやすい弁論を展開。20分間にわたり、国の主張がいかに事実と異なったものであるかを明快に解き明かしました。

陳述のタイトルは「国民が理解できない非常識な国政の考えに対する意見」。内容はこちらから。

中でも「水害は『現実の世界』で起きている。なのに国は『スライドダウン評価』という『架空の世界』に基づき河川整備を行っている」ことへの具体の批判は、聴き入るすべての人を納得させるに十分であったと思います。おそらく裁判官をも。

・2015年の鬼怒川大水害も現状堤防のいちばん低い上三坂地区で越水、決壊した。

・利根川水系過去80年間の堤防決壊に至った32ヶ所の原因の90%が越水。

・現状堤防の高さの低い場所からの堤防整備が最優先されるべき。

・「スライドダウン評価」し、さらに1.5m(余裕高)差し引いた架空の堤防高さの場所からは越水も溢水も絶対に起きない。

この「スライドダウン評価」とは、国の「治水経済調査マニュアル(案)」に記載されたもので、「河川行政において経済的便益や費用対効果を計測することを目的として実施する調査。実際行われていながら未だ(案)になっていることも不可思議。

「スライドダウン評価」の国(東北地方整備局)の資料はこちら(P2)。利根川流域市民委員会の資料はこちら(P3)

「治水経済調査における被害などの基本的な考え方」(P6)によると「堤体内への河川水浸透に対する安全性を一つの判断基準として、これを堤体幅で評価することとし、定規断面によるスライドダウンを行って堤防の高さを補正することとする」。さらに「~氾濫原で流下能力を超えた時点から越水氾濫が始まるものとして被害額の算定を行うものとする」「防御対象氾濫原毎に被害が最も大きくなる地点において破堤が生じることとする」とも。

つまり、現状の低い堤防を高くするのではなく、高さだけでなく幅を加味することで、現実よりも低い堤防をあえて作り出し、そこから工事を始めるということ。

まさに「現実の世界」よりも「架空の世界」優先。これについて片倉さんは、

・「スライドダウン評価」は「架空の世界」の話で、経済的な便益や費用対効果の計測に使われることはあっても、河川改修という「現実の世界」の安全性とはかけ離れた結果となり、堤防整備の場所や順番を決めることには使えない。

・「現実の世界」の堤体内への河川水浸透に関する幅の問題を、「架空の世界」のスライドダウン堤防からは絶対に起こらない越水に関する高さの問題に置き換えている。幅の問題を高さに置き換えられないのは常識だが、国はそれを行っている。

・堤防整備は「現実の世界」における堤防決壊原因の約90%を占める越水に関する対策が最も重要。現状堤防の高さが低い場所、流下能力が小さい場所から改修工事をしていくのが具体的な実行計画だ。

・スライドダウン堤防からさらに1.5m(余裕高)差し引いた評価水位は「現実の世界」からますます関係のない「架空の世界」になっている。

そして「現実の安全性とは異なった、間違っている治水安全度を正しいと判断した一審判決は完全に間違っている」と主張されました。

一方の国側。こうした場では寡黙が常かと思いきや、まず、水害被害を受けた方々へのお見舞いの言葉に始まり、やはりスクリーンを使ったプレゼンテーションを実施。内容はさておき、こうしたことはなかなかない展開と思われ、背水の陣を張っているかのような国の切迫感さえ伝わってきたように思えました。

 

報告集会での片倉さん(右)と弁護団のみなさん。衆議院第二議員会館にて。