新時代の治水の方向性~「近現代日本の河川行政」より
河川行政を研究されている愛国学園大学の梶原健嗣教授が、昨年9月に出版された「近現代日本の河川行政」(法律文化社)は、明治以来の河川行政を膨大な資料をもとに振り返り、技術の導入・進展・変化、また、世論・社会状況・社会制度など構造転換を歴史的に分析。1868年(明治元年)から2019年(令和元年)の政策・法令の展開から、従来の河川行政史に欠けていた社会科学の視点を補うとして取り組まれたものです。
6章から構成されており、第5章は「新河川法制定後の河川行政~ダムと堤防を中心に」。Ⅰは「ダム開発をめぐる紛争」、そしてⅡ「ダムと堤防」の中では「命を守る治水と耐越水堤防」を取り上げ、「新時代の治水の方向性」について述べられています。
温暖化による豪雨が頻発する中「政策選択の与件として気候変動は考慮しなければならなくなった」とし、まず、水害死者の原因別分析を続けられている静岡大学の牛山素行教授のデータを紹介されています。
<1999~2018年>
洪水22.6% 河川19.2% 土砂46.1% 強風6.4% 高波2% その他3.7%
<2019年>
洪水52.5% 河川18.8% 土砂21.8% 強風3% その他4%
*「洪水」・・在宅または移動・避難中、河道外で浸水・洪水波に巻き込まれて死亡
「河川」・・在宅または移動・避難中、溢水していない河川・用水路などに転落して死亡
「洪水・河川」原因死は、浸水想定区域内が3分の2を占めているといいます。「令和元年東日本台風」による水害では、ハザードマップの警告にもかかわらず、「洪水・河川」死する方が極めて多く、避難したのに亡くなった方は101名中11名、避難せず亡くなった方は80名、不明10名とのことです。
この結果は避難の重要性を改めて教えるものであり、「その避難を有効ならしめるためにも堤防の質的強化は重要」と梶原さんは説きます。「仮に決壊は防げなくても、その時間を遅らせ、避難の時間を稼ぐことは重要」であり、「この点と堤防強化策が適切に連携されることが望ましい」。そして具体に、「危機管理型ハード対策」として、ようやく施行が再開された、従前の「アーマーレビー」「フロンティア堤防」の推進を挙げられています。
一方で「高規格堤防」に言及。「法尻部が擁壁になっていたり、ボックスカルバートで空洞があったり、車両基地に阻まれたりして、堤防高1に対し、30倍の幅が確保されているケースは殆どない」と指摘。「人口密集地に後から整備することは難しい」「この問題は事業の本質的困難・制約であるから、容易に解消されるとは思えない」と述べられています。
このくだりでは、河川工学者・吉川勝秀さん(故人)の分析も紹介されています。
「計画の堤防断面すら確保されていない堤防区間や、安全度の劣る河川堤防区間を放置したまま、・・・長期目標に位置付けられたダム、数百年から千年は要する高規格堤防の無計画な整備が行われている」
「いつ完成するかわからない長期の計画を前提にして、現実をベースとしない空想的な議論をしてきて、迷走している」
梶原さんは「河川管理の実情を憂えた吉川氏の『遺言』に、私たちは真正面から向き合わなければならない。安価にかつ早急に可能な堤防強化を進めることが、これまで以上に求められている」と本項を結ばれています。