子育ての社会化へ実質的転換「子ども手当」

条件付きでない普遍的給付は福祉国家の基本

→小松川の「ゆきやなぎ公園」で、ゆきやなぎを植える子どもたち。区の「緑のフェスティバル」にて。(4/29)

 こどもの日を前に、国が発表した子ども人口(0〜14歳)は前年比19万人減の1694万人。過去最少を更新し、総人口に占める比率も13.3%と、アメリカ(20%)や韓国(17%)など諸外国と比較しても最低レベルです。江戸川区の4月現在の子ども人口は95266人。前年に比べ、微減といったところです。

 さて、政権が、ひとりひとりの子どもの育ちを社会全体で応援しようと打ち出した子ども手当、その第一回目の支給が6月に始まります。

 1972年から実施されてきた児童手当は、小学6年までを対象とし、所得や出生順位によって額が異なっており、江戸川区では、6万2千人を対象に50億円が支給されていました。

 新しい子ども手当は、中学卒業までに対象を拡大し、所得制限はなく、今年度はひとり一律月額1万3千円。約10万人を対象とする江戸川区の総支給額は140億円です。財源確保が困難であったため、今年度は自治体や事業主からの財源も入った従来の児童手当をそのまま残し、新たな対象者分は国が負担するというイレギュラーな形になっています。

 さまざまな意見が飛び交う子ども手当ですが、私たちは主に3つの観点から評価しています。
 まず、全員を対象とするユニバーサルな形にしたことで、子育ての社会化への実質的な転換になったという点。このことは、福祉国家では基本である「世代間の連帯」という点においてとても重要です。子どものいない人の老後をも支える次世代に対し、またその子どもを産み、育てる人たちに対して、もれなく税を投入するという考えは今後定着されるべきものです。

 第2に、条件付き手当から普遍的な手当になることで、社会福祉制度として安定するということ。これまで日本は「小さな政府」という考えの下で、福祉や医療、教育などの公共サービスが圧縮されたため、生活上のリスクには個人で対応しなければならず、格差や貧困が拡大してきました。これに対して、公共サービスを普遍的に行なっている北欧では、リスクが社会化されていることで、格差や貧困が少なく、経済成長率も高いという事実があります。先進国の所得分配についての国際比較では、日本はジニ係数が大きく、不平等な国と分類され、相対的貧困率は15.9%と、OECD加盟26ヶ国のうち、上から5番目となっています。現役世代の格差までが拡大してきた中で、本来希望と意欲を持って働き、社会保障を支えるべき若年労働者にしわ寄せが来ています。働けない、物を買えない、結婚できない(しない)、子どもを産めない(産まない)という負のスパイラルを断ち切るため、若い子育て家庭へのサービスを普遍的にするのは大きな意味があると考えます。
 
 第3に、控除から手当へシフトした点。欧米では、子育て支援として所得控除を行なうことは少なく、これまでの扶養控除は、高所得者ほど負担軽減効果が大きかったのが現実です。

 ただ、すべて現状でいいかといえば課題もあります。
 まずは、政府の説明不足。手当の意味が、給付をする側と国民の間、特に給付対象でない世代に十分理解されていないと感じます。
 そして何よりも財源の問題。900兆円に及ぶ国の借金はすでに子ども達の将来に大きく影を落としています。少なくとも、これを増やすことなく、いかに実現していくか。
 また、公立保育は一般財源化され、待機児解消が求められる中で保育基準の緩和が議論されています。子ども手当という現金給付と保育や教育などのサービス給付のバランスをどうとるのか。国と地方の役割分担をきちんと考える必要があります。同時に、子育て世代が働きやすい環境を実現することも緊急課題です。
 さらに、国の手当は非課税ですが、子ども手当については課税を考えてもいいのでは。公共サービスは普遍的にしつつ、高所得者からは税で取り戻す。欧米で取り入れられている「給付付き税額控除」は、所得格差是正に効果があることから、検討すべきことのひとつです。

↓「緑のフェスティバル」では、毎年、生活クラブ生協の仲間と一緒に、環境にやさしい生活をアピール。模擬店を出しています。